つい数時間前にも初めての投稿をさせて頂いたのですが中学2年の時に発症して今までの事を誰にも吐き出したことがなかったためここに書かせてください。長文すみません。
中学2年の頃何きっかけかは忘れましたが前髪を抜き始め、とても厚かった前髪もシースルーくらいになってしまい前髪が不自然になったあたりで自覚を持ち、周りにもどうしたの?と言われるようになりました。
ハゲていることに気付き最初は分け目を変えて隠していましたがそれでも隠れないくらいハゲてきて薄毛隠しの粉を使い学校に通うようになりました。
中3の頃、好き嫌いが分かれる性格のせいで若干馴染めなくなってしまいハブられてはいませんでしたがこのままこの学校にいたらいつか1人になる。と思い中高一貫だった女子校をやめ共学の高校に転入。
中3の頃、担任に放課後呼び出され「髪抜いてるよね?」と言われました。
時間が止まった気がしました。数十秒黙っていたら
「過去の卒業生にもそういう子がいた」
「その子は今はもうやめて普通に生活している」
「一緒にやめて行こう」
と言われました。ボロボロ泣きながら話を聞いていました。
それでも辞められず高校を変えて新しく高校生活を送っていましたがクラスに嫌いだった小学時代の幼馴染、いじめっ子気質の女子がいたせいで上手く馴染めず高1の後半でクラスの女子から若干ハブられました。
最後の最後で先生に助けられ関係性は元に戻りましたが、、
このあたりでテレビで見て抜毛症の存在を知りました。
そして高1の時、親から1度「病院に行こう」と言われました。
私は恥ずかしくて情けなくて「行かない。」と言って部屋にこもって情けない自分が悔しくてとても泣きました。それ以来親から病院という言葉は聞かなくなりました。
高校2年でクラス替え、最悪のクラスになったなと思いました。学祭で出店のリーダーになるも周りから上手く出来てない、まとめられてない、リーダーが出来てないと陰口を言われまくりました。
そしてここで爪を噛むという行動も始まりました。
自分で言うのもなんですが両親に恵まれたおかげで顔は整っている方でそこからメイクだったり洋服だったりネイルとかを人一倍大事にしていたので爪を噛むとネイルも出来なくて見栄えも良くなくて、これは多分半年くらいで付け爪をつけていて噛まなくなり、伸びている爪にネイルを塗った時の感動で爪を噛むことは無くなりました。
でも今思えば高1の後半~高2の前半がいちばん酷かったかも知れません。
高3になりクラスはそのまま、つるむ人が変わりました。コロナで学校に行かない期間があったのでその期間はストレスはあまり無かったように思います。
そして現在、シンソウ坂上を見てこの団体を見つけ今こうして書いています。
いま考えると私はとても自己肯定感が低くて昔から褒められることもあまりなく、テストで良い点を取ってお母さんに褒めてもらいたくて良い点数を自慢しても「取れて当たり前」みたいな感じで言われたり「やれば出来るんだから最初からやりなさい」と言われたりして褒められることなく育ちました。
周りから「可愛い」とか「細い」と言って貰えることは合ったのですが、その度頭の中で髪のない自分の姿が浮かんで素直に喜べませんでした。
いまは母と2人で暮らしていて父は仕事が忙しく家に帰ってこないと言われていてそれを信じていたのですが高1で初めてそれが別居だったということを知りました。
いまは粉ではなく薄毛隠しのスプレーをして高校に行っています。
頭頂部の髪の毛はほぼ無く、まさに落ち武者のバーコードみたいな感じ。右利きなので後頭部の斜め左後ろくらいも髪が薄いです。
母親が抜毛症という病気があることを知っているのかは分かりませんが私が何かの病気、症状を持っていることは知っていると思います。
高1の時、スキー合宿があり集団でお風呂に入ることがあったのですが、スプレーを洗い流せばハゲがバレる。ということでレディスアデランスで何十万というお金をかけて植毛しました。恐らく普段家にいない父が私の状況を知ったのはこの時だと思います。
スキー合宿が終わったあと、植毛と言っても生えている髪の毛に結びつける物で結びつけている玉が気になって結局自分で取ってしまって何十万というお金をドブに捨てたようなもので自分でも親にこんなお金をかけさせて何してるんだろうと情けなくなりよけい悲しくなりました。
自分が抜毛症だと自覚したのは抜毛症の存在を知った時です。抜いちゃダメだ、と分かっていても抜いていて今回のシンソウ坂上を見て「私は強迫性障害になっているのかもしれない」と思いました。
普段お母さんから頭の事を言われることはありませんが私はテレビでやっていたようにティッシュの上に抜いたりではなく抜いた髪をその辺に捨ててた(
?)のでお母さんがそれを見つけて「気持ち悪い」と言ったりしゃがんで周りの髪の毛を集めていたりして深い溜息を吐いて「いい加減にして…」と小声で言っているのを聞いて自分が悪いのは分かっているし辞めたいとも思っているのにやめられない自分に腹が立って母に八つ当たりしてしまい喧嘩になることが増えました。
喧嘩するとお母さんも「そんな頭で」とか「そんな頭で学校行って恥ずかしくないの?」と言ってきたりしました。
メイクが上手くいった日に「今日どう?可愛くない?」と聞くと「顔は良くても頭がそれなら、、」みたいなことを言われてどうにも出来ない気持ちで苦しくて、言い返せない事が悔しくて辛くてたまりませんでした。それが余計ストレスになっていたのかも知れません。
強迫性障害だった場合、違かったとしても私ひとりでどうにかできる問題では無いと思ったので1度病院に行こうかという気持ちになりました。
お母さんに病院に行く、というのが恥ずかしくて親には言わずに病院に行きたいのですが調べたところ初診料7000円とも書いていて高校生1人でそんなお金……と思いましたがとりあえず病院に行ってみたいと思っています。
自分でもわかってるんですよね、辞めないといけない、このままじゃダメだ、みんなと違うことをしている、たくさんの人に迷惑をかけている。
生きてていいのかなって思ったことが何回もありました。本気で悩んで夜にひとりで泣いて死のうかなと思ったことも何回もありました。
克服したい、辞めたい、そう思っても辞められなくてそんな自分が情けなくて辛くて泣いて、、のループでそれが余計自分を追い詰めたのかもしれません。
現在高3の17歳で数年後成人式があります。
晴れの舞台でこんなみっともない姿を見せたくないし、お母さんもよく「成人式にその頭で行くのか」といってきます。
みんな綺麗に髪の毛をセットしている中、髪の毛がなくてセット出来ない私を思い浮かべるだけで辛くなります。
今辞めても成人式までに髪の毛は生えてこないでしょうし、どっちにしろ成人式には間に合わないだろうと思っています。
もう生えてこないんじゃないかなとも思います。
いずれにせよ、今度ひとりで心療内科に行ってみたいと思っています。そこで強迫性障害と診断され薬が出されたならそれでいいし、とにかく誰かに話を聞いて欲しいだけなのかもしれません。
病院にひとりで行って診断結果が出たらお母さんに話してみたいと思います。
ありえないくらい長くなってしまいすみません。
もし最後まで読んでくださった方がいたのならありがとうございます。
3件のフィードバック
やむちゃんさんへ
脱毛症歴約40年のpicari☆と申します。
本当にお辛い経験をされて来られたのですね。
そして、今はお一人で受け止め、治療などを前向きにしようと思われているのですね。
私も長年こんな症状になったことで家族に迷惑と心配をかけていること、将来の何にも希望が持てず、自暴自棄になったこと、私は美人でもないし勉強もできない……いったい何の為に生まれてきたのだろうと思ってずっと生きてきました。
成人して、社会に出るともっと大変なもっと苦しい障害と戦っている人に出会いずいぶん救われました。
私にも歌を歌うこと、書道など、少しだけほめてもらえるところがあったりしたので、そこを武器に、この症状を持ちながらも出来る範囲でやりたいことを沢山やってきました。自分の良いところや才能をほめてくれるひとがいらっしゃるとのことなので、どうか、ご自分のことを戒めたりしないで、否定もしないであげてくださいね。ASPJ サイトの中で合言葉のように言われる『ひとりじゃないよ』という言葉通り、その都度のタイミングで、自分のことをちゃんと見てくれてる人がいますし、ここの仲間もいてくれますのでね。
そして、今小6の娘がいますが、やむちゃんさんのお母様とのやり取りを伺い、私自身の娘との関わり方も省みる機会をいただきました。ありがとうございます。
いつか、交流会等でお会いできる日をたのしみにしています。
沢山の辛かった出来事の中にも、やむちゃんさんが出会った素敵な先生の事や自分自身をきちんと分析して前に進もうとしている事が伝わり感動しています。成人式へむけて一緒に頑張っていきましょうね。治療の事は医療従事者ではないためお話しはできず力にはなれませんが、いつでも応援しています。また教えてくださいね!
年齢も近くに似たような境遇だったので初めてですがコメントしてみます。
喧嘩した時に髪の毛のことを持ち出されると辛いですよね、、
私はウィッグをしてますがら親や兄弟と喧嘩した時にハゲやウィッグを捨てるぞと言われたり、メイクしても髪型はいつも同じひとつ結びになってしまったり、、、
参考になる意見じゃないかもしれませんが、似た境遇の人がいてなんだか安心しました。